テニスの音
トッププロの試合を、グランドレベルで観戦するとき、どうしてもベースラインあたりから目を離すことができません。注目するのは「フットワーク」です。テニスシューズ好きが嵩じ、シューズ専門メーカーの企画開発者たちと話すことが多くなり、開発自体にも関わったことが何度かあります。
そんな筆者が見るのは「打球の行方」や「熾烈なラリーの攻防」ではなく、『プレイヤーのシューズ』。同じ選手の足元だけを追い続けます。そうすることで、足の挙動と、シューズとの関係がわかり、選手自身がそのシューズをどう感じているか? どのくらい疲労しているか? までわかるようになるのです。
開発中のシューズを学生にテストしてもらいます。感覚を言葉で表現をすることに慣れていない学生たちは、黙ってしまうことが多いのですが、こちらから「こう感じていなかった?」と訊くと、驚いた顔で「そ、そうなんです!」と言います。
学生テストのとき、またトッププロの練習や試合のときに、ハードコートの上でアウターソールが「キュッキュ」と鳴く音が大好きです。選手たちの力強さや、ときには緊張感までが伝わってくるようです。きっと選手たちも好きなはずです。
でもじつは、それ以上に、たまらなく好きな音があります。
『ナチュラルガットの打球音』です。いまは、そんなに強打しない一般プレイヤーでもポリエステル系ストリングを張る時代ですから、あの鈍い音が普通の「テニスの音」と思っている方が多いかもしれませんが、昔のテニスコートには、じつに爽快な音が響いていました。
ナイロン系シンセティックでも、打球音は軽快で心地よい感じなんですが、なんといっても『ナチュラルガット』! まるで違いますよね。テニスボールって、この音を奏でるために存在するんじゃないかっていうくらい、軽快で、爽やかな音を残してネットの上を飛び交います。
ナチュラルガットを張られたラケットを使うと、「あれっ? ちょっとうまくなったような気がする」ものです。やや乾いた音で、「パコーーン」と弾き返すハイトーンが、じつに心地よいのです。こんな表現も、ポリエステル系しか使われたことのない方には、まったく伝わらないのはわかっていますが、どうか想像してみてください。
高原の朝、テニスコートへ向かって歩いていくと、あの特別な音に、だんだん近付いていきます。コートからかなり離れていても「あっ、誰かがナチュラルガットを使ってる!」とはっきりわかります。
’80年代のテニス黄金期から付き合ってきた人間にとっては、テニスって、すべてが美しいものとして輝いていたんです。テニスコートの空気感も、ひたすらにボールを追いかけた後の汗も、爽快に響く打球音も……。まさに青春そのものだったよなぁ〜。
筆者 松尾高司(KAI project) 1960年生まれ。試打したラケット2000本以上、試し履きしたシューズ数百足。 おそらく世界で唯一のテニス道具専門のライター&プランナー。 「厚ラケ」「黄金スペック」の命名者でもある。 |